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「住まいは文化」は、松下電工とKBS京都により制作したシリーズ企画です。大工や建具職人など、伝統的な建築技術を持った職人たちが高齢化するのにしたがい、失われていく住まいの知恵や文化・技術を、日本全国の伝統的な家屋を訪ねる中でまとめています。貴重な文化遺産として保存するシリーズ本来の意図はもちろん、「和」のインテリアが日本だけでなく、欧米などでも注目される中で、温故知新の参考例として、現代、未来の家づくりに活かせればと考えています。


来客をもてなす奥座敷。この家で唯一天井に杉の丸太を使用しています。かつては茶室として使われており、控えの間や濡れ縁があります。


  江戸時代に長崎と小倉を結ぶ長崎街道の宿場町として栄えた北九州市の木屋瀬(こやのせ)。街道は西構口から南北900mに及び、今も白壁、土蔵造りの古い商家や「矢止め」と呼ばれるノコギリ歯状の家並みが残っています。

旧高崎家は、江戸末期の商家の代表的な宿場建築として、市の文化財に指定されています。当時は宿場町の豪商で、明治時代には醤油醸造業を営み、この地方の名門として栄えました。

屋敷は、木屋瀬宿の西構口近くにあり、史料によると河川堤防下まで続いていたことがわかっています。当時は船便で届く商材を直接運び込んでいたことをうかがわせます。街道に東面する建物の建築年代は2階の梁に残された墨の署名から天保6年(1835年)と考えられています。

旧高崎家は、通りに面して開放的な造りで、玄関の大戸口は内側に跳ね上げて通り側を開放。馬車ごと土間に運び入れ、そこで積み下ろしができるよう工夫されています。土間はそのまま「火袋」(吹き抜け)に連続しています。かつてはかまどがあり、火を逃がすために上部に部屋を設けないことが多かったようです。上部の窓は煙を逃がすためのもので、下から紐で引っ張ると開く仕組みになっています。壁は、わずかな光でも室内が明るくなるよう白漆喰が使われています。

商家としての工夫は随所に見られ、表玄関の戸や雨戸には「猿」と呼ばれる鍵の工夫がされています。

また、角を隔てた雨戸も戸袋への収納時に一枚一枚外さずスライドして運べるよう、出隅に軸を立てて、これを基点に戸を直角に回して運ぶ「軸回し」の工夫が施されています。

2階への階段は、箱階段(階段箪笥)になっており、1階帳場の収納を兼ねています。

2階座敷は、窓から舟の行き交う遠賀川を望める位置にあり、天井は緩やかな曲線を持った珍しい造りです。座敷からの景色を舟からの景色に見立てれば、居ながらにして屋形船での川遊びの雰囲気を醸し出す心憎い配慮がなされています。

また、外壁の腰壁部分は、横羽目板に切子押さえの構造になっています。これは釘隠しの役目とともに、錆防止の役目も兼ねていて、筑前地方の職人の丁寧な仕事ぶりと、こだわりがうかがえます。


緩やかな曲線をつけ、屋形船を思わせる「船天井」。合掌組で強度に工夫をしています。
街道に面した伝統的な商家造りの店構え。写真左には「袖壁」と呼ばれる間仕切りがあり、火災に弱い軒裏の延焼を防ぐ役目があります。また、土台部分の敷石は、河川の氾濫に備えて二重に重ねられ、水害対策が施されています。


玄関の大戸口。通常は戸全体を吊り上げて出入りし、夜間はくぐり戸から出入りできるようになっています。また、大きな荷物を運ぶ際には、柱、戸、大戸も全て外せるような造りになっています。


箱階段(階段箪笥)。帳場の書類などをしまっておきます。


雨戸の「軸回し」。出隅の雨戸も外すことなく戸袋へスライドできるよう工夫されています。


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