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「住まいは文化」は、松下電工とKBS京都により制作したシリーズ企画です。大工や建具職人など、伝統的な建築技術を持った職人たちが高齢化するのにしたがい、失われていく住まいの知恵や文化・技術を、日本全国の伝統的な家屋を訪ねる中でまとめています。貴重な文化遺産として保存するシリーズ本来の意図はもちろん、「和」のインテリアが日本だけでなく、欧米などでも注目される中で、温故知新の参考例として、現代、未来の家づくりに活かせればと考えています。


「八帖茶室」の亭主席。襖絵には雌雄一対の鹿が描かれており、ここに見えるのは雌鹿。窓も大きくとられ、明るく伸びやかな雰囲気の茶室。


  野々市町は、加賀藩が金沢に城を築くまで北陸一帯の中心地でした。その後も北陸街道有数の宿場町として、周辺の特産品である絹の集散地として栄えてきました。日本有数の豪雪地帯なのですが、長く厳しい冬の気候に耐え抜いた江戸時代のたたずまいが今も数多く残されています。

400年以上前から続く水毛生(みもう)家は、かつては代々庄屋を務めていたという旧家です。現在の住宅は、江戸時代の建物に明治以降増築を重ねた造りで、野々市町文化財に指定されています。

街道から目に入る水毛生家の外観は、美観上の配慮から、なだらかな勾配(10分の3.5)の1層目の屋根の上に、雪に強い急勾配(10分の5.5)の2層目の屋根を重ねるという二重構造になっています。瓦は釉薬のかかった石州瓦で、雪が滑り落ちやすく、「凍割れ」もしない工夫がされています。

1階は広い間口の開口部に細かい板格子がはめられており、2階は白壁に貫(ぬき)と呼ばれる外梁が独特の外観をかもしています。貫はそれぞれがくさびで固定されていて、屋根に積もった雪の重量を分散させる役割を果たしています。2階の窓の格子は切子格子という、見た目に動きのある造りで、優美な外観を彩っています。

水毛生家には、数百年にわたって手入れをされてきた日本庭園があります。樹齢を重ねた立ち木と飛び石、鮮やかな苔の庭をめでるように、茶室と母屋が配置されています。母屋の外回りには、土縁(どえん)と呼ばれる通路状の部分があり、その上にひさしを張り出して、ひさしの端に当たる部分に戸が立てられるようになっています。 雪が降り続いても楽に移動できるように、豪雪地帯ならではの構造です。

2部屋ある茶室のうち、一方は15代当主ゆかりの茶室で「可夕亭」と呼ばれています。こじんまりとした造りで、下地窓や布張り金箔のふすま、石垣張りの障子など、贅沢な遊び心が表現されています。もう一方の「八帖茶室」と名づけられた茶室は、建主の好みを色濃く反映した造りです。赤松の皮付き材で廻り縁を押さえた天井、ふき漆の柱。野趣あふれる内装です。茶人でもある現当主の水毛生道子さんは、今もこの茶室で客をもてなすのだそうです。

構造の強さとデザインの美しさが共存している住まいだから、厳しい気候に耐えぬき、現在も住まい続けることができるのでしょう。


 
土縁に吊るされた灯篭。繊細な透かし彫りが見える。   茶室と母屋の間に広がる「路地庭」。青々とした苔と樹木が落ち着いた風情を与えている。
水毛生家の外観。屋根の緩やかな勾配と、柱や梁の直線が美しい印象を与えている。


屋根の石州瓦。1300度で焼成された瓦は、ツルツルしているため、雪を屋根にとどめにくい働きをしている。


屋根の重量を分散して支える「ねじ組」と呼ばれる構造。


母屋の座敷。障子の面積がとてもひろく、明るい印象。床の間や書院棚も凝った造り。


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