| |
瀬戸内海に面した広島県竹原は、温暖な気候と海運の良さに恵まれています。平安時代には下鴨神社の荘園として都との交流があり、その後、江戸時代には入浜式塩田による製塩業によって繁栄しました。回船や酒造業も盛んで、富裕な町人層によって江戸時代から明治時代にかけて重厚な本瓦葺、塗屋造の町家が多く建てられました。
建築的にも華やかで優れた意匠が数多く取り入れられています。本町通り沿いの町筋を中心に質の高い町家が保存され、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
竹鶴家は、江戸中期から「小笹屋」の屋号で製塩と酒造を営み、現在も酒造業を営んでいます。雨が少ない気候を活かして、外観も耐候性より意匠的な要素を取り入れた入母屋妻入の建築様式になっており、三連の屋根と灰漆喰の壁や格子が印象的です。 |
|
 |
| 江戸時代からの竹原の中心地、本通りから見た竹鶴家の外観。酒造業を示す杉玉が見える。 |
|
| |
|
| |
「竹原格子」と称されることがあるように、竹原の町家では出格子、平格子、組子格子など多様な格子が見られ、この竹鶴家でも幾種類もの格子が使われています。
竹原の気候は温暖とはいえ、台風や大潮の時の潮位の上昇に備え、家全体がしっかりした土台で嵩上げされています。ですから、竹鶴家も玄関から続く土間に面した上がり框が、腰掛けることができるほど高くしつらえられています。
|
|
 |
| 土間に使われる煤竹の格子。酒づくりの工程で出る酒を含んだ水で磨かれ、あめ色になっている。 |
|
| |
|
| |
竹鶴家には、新旧二つの座敷があります。数寄屋風座敷は庭に面した廊下に柱を設けず、庭と一体化した視界を遮らない広々とした空間になっています。床の間の壁の柱から腕木を延ばし、軒を支えるよう工夫されています。新座敷は100年余り前に造られた部屋です。広い床の間や特注の大きな畳など、ゆったりした空間が演出されています |
 |
|
 |
| 数寄屋風座敷の床の間。 |
|
新座敷の床の間は、間口が広く、二幅対、三幅対の掛け軸が掛けられるようになっている。 |
|
|