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「住まいは文化」は、当社とKBS京都により制作したシリーズ企画です。大工や建具職人など、伝統的な建築技術を持った職人たちが高齢化するのにしたがい、失われていく住まいの知恵や文化・技術を、日本全国の伝統的な家屋を訪ねる中でまとめています。貴重な文化遺産として保存するシリーズ本来の意図はもちろん、「和」のインテリアが日本だけでなく、欧米などでも注目される中で、温故知新の参考例として、現代、未来の家づくりに活かせればと考えています。


庭に面した空間は、軒柱や縦樋を設けず広々とした空間を創り出している。軒天井の100分の20という緩やかな勾配や、雨戸を座敷側につけて敷居が目につかないようにしてあるのは、雨の少ない気候だからできた洒落た設計。

  瀬戸内海に面した広島県竹原は、温暖な気候と海運の良さに恵まれています。平安時代には下鴨神社の荘園として都との交流があり、その後、江戸時代には入浜式塩田による製塩業によって繁栄しました。回船や酒造業も盛んで、富裕な町人層によって江戸時代から明治時代にかけて重厚な本瓦葺、塗屋造の町家が多く建てられました。
建築的にも華やかで優れた意匠が数多く取り入れられています。本町通り沿いの町筋を中心に質の高い町家が保存され、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

竹鶴家は、江戸中期から「小笹屋」の屋号で製塩と酒造を営み、現在も酒造業を営んでいます。雨が少ない気候を活かして、外観も耐候性より意匠的な要素を取り入れた入母屋妻入の建築様式になっており、三連の屋根と灰漆喰の壁や格子が印象的です。
江戸時代からの竹原の中心地、本通りから見た竹鶴家の外観。酒造業を示す杉玉が見える。
   
  「竹原格子」と称されることがあるように、竹原の町家では出格子、平格子、組子格子など多様な格子が見られ、この竹鶴家でも幾種類もの格子が使われています。

竹原の気候は温暖とはいえ、台風や大潮の時の潮位の上昇に備え、家全体がしっかりした土台で嵩上げされています。ですから、竹鶴家も玄関から続く土間に面した上がり框が、腰掛けることができるほど高くしつらえられています。
土間に使われる煤竹の格子。酒づくりの工程で出る酒を含んだ水で磨かれ、あめ色になっている。
   
  竹鶴家には、新旧二つの座敷があります。数寄屋風座敷は庭に面した廊下に柱を設けず、庭と一体化した視界を遮らない広々とした空間になっています。床の間の壁の柱から腕木を延ばし、軒を支えるよう工夫されています。新座敷は100年余り前に造られた部屋です。広い床の間や特注の大きな畳など、ゆったりした空間が演出されています

 
数寄屋風座敷の床の間。   新座敷の床の間は、間口が広く、二幅対、三幅対の掛け軸が掛けられるようになっている。
 

  樹齢を重ねた松を中心にした庭は、茶道の様式に則って造られています。茶室は六帖で、幅の薄い鴨居や織部床、白一色で引手金具や襖絵など装飾を排した坊主襖など、シンプルな内装になっています。正式な茶会が催せるように、茶室に隣接して水屋もあり、成熟した文化様式がうかがわれます。

また、この茶室は代々赤ちゃんを生むための産室としても使われてきたといい、住む人の生活に密着した場でもありました。同じ空間を様々な用途に使い分ける、合理的な町人文化の現れなのでしょう。


中央に見える松の古木が、茶庭でいう「正真木」(しょうしんぼく)で、この木を要として庭を構成する。
茶室。さりげなく1輪差しが掛かっている壁が「織部床」とよぶ。左手奥が水屋。


来客用の浴室。檜の湯船や浴室には珍しい障子など純和風の凝った造り。


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