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自身の音楽活動はもとより、他のアーティストへの楽曲提供でも多くの名曲を世に送り出すミュージシャン、大江千里さんは、 “不動産フェチ”と自称するほどの家好き。 そんな大江さんが考える、家との関係、こだわり、理想の家など、大江千里流「家とのつきあい方」について伺いました。
 
“不動産フェチ”と自称し、家の話に目を輝かせる大江千里さん。
[プロフィール]
大阪府出身。3歳よりピアノを始め、関西学院大学在学中にCBSソニーオーディションで最優秀アーティスト賞を受賞。1983年EPIC/SONY RECORDSより、シングル『ワラビーぬぎすてて』、アルバム『WAKU WAKU』でデビュー。以後、アルバム制作・コンサート活動を中心に活動。CFソングやテーマソング、他のアーティストへの楽曲提供も数多く手掛ける。
音楽活動以外では、ドラマ・映画の出演の他、番組のパーソナリティー等多方面で活躍。プライベートでは、「住宅」への造詣が深く、2003年には、エッセイ集『僕の家』(角川書店)を刊行。



 

――自称“不動産フェチ”の大江さんですが、“フェチ”と言うほど建物に興味を持たれるようになられたきっかけを教えていただけますか?

僕は、子どもの頃から“場所が変われば気分も変わる”というようなところがあって、自分のいる場所や環境が変わると、それを楽しみながら、イマジネーションを膨らませ、一人遊びを楽しむことが上手なんです。
小学生の頃は、学校の帰り道に、この道を行ったり、あの道を行ったりと、毎日の通学路をちょっと変えて歩きながら、興味のある場所を見つけては寄り道をしていました。そんな寄り道の途中で、興味のある建物を見つけたらちょっと寄ってみたりということも、よくしていましたね。今思えば、そういうことが、”不動産フェチ”と自称してしまう、今の僕につながっているのかもしれません。

――子どもの頃から建物に興味があったのですか?

まあ、子どもなので、無意識にという感じですけど・・・。でも、潜在的に興味はあったのでしょうね。と、言うのも、僕が小学生の頃、実家が家を建てたんです。その家は、建売の鉄筋コンクリート住宅だったので、周りに同じ家がたくさん建っているわけです。でも、近所の友達の家に遊びに行くと、外観は僕の家と同じで、間取りも同じはずなのに、中に入ってみると全然違う家なんですよね。
子ども心に、同じ造りの家でも、その家の生活によって違う家になっていくなんて何だか不思議な感じがしたことを覚えています。
外観にしても、塀を洋風にするか、和風にするかで、全く違った印象を受けますよね。近所を歩き回りながら、キョロキョロとそういう違いを見ることが好きでしたね。それが僕の中では一人遊びの一つとして、生活の中に普通にありました。

 
学校帰りの寄り道の話題に花が咲く。

 

――かなり引越をされているそうですね。

はい。東京に出てきてから、かれこれ17、8回は引越をしていると思います。
巡り会わせとでもいうべきなのか、賃貸物件には更新時期がありますよね、その時期が近づくとなぜか周りでちょっとした事件が起こるんですよ。「これって動けってことなのかな?」なんて思いながら、流れに逆らわずに引越を重ねています。新しい場所に移った後は、散歩がてら、近所で行き着けのお店を見つけたり、大きな書店があれば、そこは僕の本棚、CDショップはCDラックとでも言わんばかりに長居していたり、自然の多い郊外などでは、星空を見上げてみたり、その時々の自分に必要な環境を求めて生活スタイルを変えることは、気分をリフレッシュでき、その場所から新しいイマジネーションを与えてもらったりして、新鮮な気分になれますよね。
常に去る家があって新しい家に出会う。これぞ移り住む醍醐味だと、その時々の自分の気分を映した家に住みかえる気楽さを楽しんでいるうちに、気付いたらこんな引越回数になってしまい、今ではすっかり建物漂流者・・・(笑)。

――引越って、いろいろな意味でパワーがいりますよね。

そうですね。でも、慣れてしまうと、これも結構楽しいというか、今では、一週間もあれば、一人で引越準備をできちゃいます。
ダンボールはあまり詰め込みすぎないとか、ガムテープは剥がしやすいように端っこは折り返すとか。パッキングにもコツがあるんですよ!!
引越の時は、毎日暮らしていた空間が、がらんとしたスペースに変わり、最後には何も無くなって、自分一人ぽつんと部屋に佇んでいる。そんな光景に胸がキュンとなったりして、何かそういう感覚も好きです。
それに、住むところを変えると気分も、生活も変わりますから、新しい何かに向かうパワーがでてきたりもしますしね。

 
身振り手振りで引越エキスパートぶりを披露。

 

――大江さんにとって住むところ、暮らしを変えることの意味とは?

今の自分にとって最良の環境づくりかな。
例えば、のんびりしたい時には、海のそば、仕事中心の時は事務所から徒歩5分以内、遊びたい時には友人が多く住む地域というように、その時のプライオリティーに合わせて移り住んでいるというところはありますね。
その時の自分の状況と住む場所との関係性というのも、今になって思えば、必然性があり、その場所に辿り着いているみたいなところがおもしろいですよね。
過去の引越歴を振り返ると、1ヵ月で出てしまった部屋から、契約期間終了で出るときには名残惜しさから、甘酸っぱいものがこみ上げてきた部屋まで、いろいろですが、僕は必ずどこの家でも曲を書いていますから、家と音楽は切り離せない関係です。
「引越てきたばかりの時にあの曲を作ったなあ」とか、「引越の前にアレを書いて・・・」というふうに、僕の作った音楽の歴史は、過去の家が全部覚えているといっても過言ではないですから。
僕にとっては、家も人と同じで永遠ではなく、その出会いと別れには必ず意味がある。まさに一期一会です。

 
大江さん曰く「家」との出会いも人と同じ「一期一会」。

 

――国内に留まらず、ニューヨークにも引越されていますよね。

はい。あちらでも、印刷工場跡の建物や、スタジオタイプの正方形の部屋など、数回引越をしています。そこで、非常に古い建物を丁寧にメンテナンスしながら、文明と共存しているということを肌で感じたというか、古いものと上手く折り合いをつけながら暮らすことの大切さを強く感じました。
僕の“不動産フェチ歴”を考えると、まず、少年時代に近所の家を見ていたことが間接的なきっかけになるならば、ニューヨークで暮らしたことは、直接的なきっかけになると思います。

――具体的にはどんな影響を受けられたのですか?

ニューヨークから日本に帰ってきて、日本にも古くて良い物はたくさんあるはずなのに、僕はそういう部分を見ていなかったと気づかされたのです。そんなことを思いながら、家の近所を散歩していると、今の日本にも個性豊かな建物がたくさんあるんですよ。
1970年代の高度経済成長期に建てられたものは、時代のパワーが反映されて夢に溢れているし、もっと古い古民家などは、佇まいにしっとりとした色気が漂う。そんな建物に出会うと、いけないと思いながらも、垣根の隙間からちょっと覗いてしまったりして・・・。
そうすると、そこで暮らしている人の風景がとても魅力的に見えてくる。すると、「こういう暮らしって素敵だな」という気持ちがどんどん膨らみ、日本文化っていいなーという感覚が日に日に芽生えてきました。
僕にとって、海外での生活は、日本人として、改めて日本の建物に興味を持つきっかけにもなり、自分が住んでいる場所を外から見るという客観的な目線を持てたという意味で、とても大きなことでした。
しかし、そんな風に興味を持ってしまったことで、「新しいだけではない、味のある建物を自分で見つけて住んでみたい」と思うようになり、不動産のお店巡りをしているうちに、建物フリークの泥沼にはまってしまったという・・・(笑)。

 
3年間を過ごした古民家は、日本家屋で暮らす素晴らしさを教えてくれた。
 
中庭に灯るあかりは自身で購入し配置したもの。幻想的な雰囲気に「和」の美しさを感じさせます。

 

――日本の古い文化に目覚め、古民家で生活をされることになったのですね。

はい。とても素敵な家でした。
素敵な家なんですけどねぇ〜。機能性に富んだ現代の住宅に比べたら、不便だし、冬場は「寝たら死ぬ!!」くらいの寒さだし、まさに大きなテント生活をしている感じでした。家の中にいても、外の気温を感じてしまう。都心に居ながら、常に自然を感じている状況に身を置いたことで、当然のことではありますが、改めて人は自然の中で生きているんだと感じました。四季の草花や天気など、季節の移り変わりを肌で感じられると、動物的な勘が甦るといった感じがします。
例えば、雨が降るとジトーッと湿気を肌で感じるし、冬場は、家の中なのにコートを着ていました。エアコンの整った、通年同じ温度で暮らせる状況の現代の生活とは思えないでしょ。でも、雨上がりに水滴が落ちている音を聞くのは風情がある。などと、考え方をちょっと変え、寒さをしのぐには火鉢を置いてみれば風情もあるし温かいなどと、問題点に一つ一つ対処しながら、住みやすくしていく楽しさというものを覚えたかな?
家って、住んでみると、良いところもあれば、不便なところも出てきます。でも、古民家で暮らしたことで、それもその家の個性だと思うようになりました。
人間と同じで、欠点があるから長所が引き立つというか、「悪いところもひっくるめて、好き」という境地。手をかけるほどに可愛さが増す。家って、人と同じだなーなんて改めて感じました。

――家の欠点も好きになる?

最初は「え〜っ」と思うようなところでも、暮らしているうちにだんだん好きになるものですよ。
欠点があるからこそ可愛いみたいなところがあります。恋愛もそうでしょ!?

 
本当に好きなものだけを置き「茶室」と名づけたリビング。

脱ぎ揃えられた下駄にも風情があります。

坪庭を巡る廊下。

 

――大江さんと家との関係は、音楽にも影響がありますか?

僕にとっては、家・曲作りというのは、一体化した1つの生活です。
家が「根っこ」の部分ということはありますが、僕の場合は、ツアーに出るとホテルを転々とします。そのホテルの部屋も僕にとって「家」なんです。
その日住み、腰を落ち着けて一晩寝る場所が僕にとっての「住まい」の原型だと思っていますから、その場所が、一晩なのか、2年借りるかということの違いが、ホテルと賃貸物件の違いかな?
住む場所が変わったからといって、生まれてくる曲がガラッと変わることは、ないと思いますよ。ただ、以前、四角ではない変形型のリビングのある部屋に住んでいた時に「格好悪いふられ方」という曲が出来ましたから、曲のフレーバー的なものは、その時住んでいる家によって精神状態も違うから、影響を受けることもあるかもしれないですね。
曲を書くために移る引越ではなくても、新しい場所に移った新鮮さで、気持ちが変わり、曲が生まれることはありますから、家と音楽と生活の三者は、切り離して考えられないものでしょうね。

 
形の変わった部屋がある家に住んでいた時に出来た曲、「格好悪いふられ方」(1991年)のシングルCDジャケット。

 

――大江さんにとって、「家」とは?

いい家・悪い家とは、人それぞれの感じ方ですから・・・。
今の僕には、「家とはこうあるべき」というものはないですね。
極論を言えば、家は住めればいい。「たかが家、されど家」的な感覚で、一生同じ家に住まなくてもいいじゃないかという境地に至っています。
その時々でいろいろな住み方をして、そのひと時を楽しく過ごせる場所であればそれが最高。
古民家での生活を終えた今は、「家」ということに関して、ほんの少し、肩の力が抜けたかなという気分です。家や暮らしを長所・短所を含め、トータルで楽しめるようになってきたということですかね。
また、最近はすぐに新しいものを買い、古いものを捨てるということではなく、今あるものを最大限に生かしつつ、その時々のフレーバーを加えて自分らしく生活していきたいと思うようになりました。そこで僕が実践しているのが “プチリフォーム”。部屋の置物一つでも、これとこれを組み合わせて置いたら面白いとか、今日は部屋にあるランプの位置を変えて、昨日と違う陰影のある部屋にしてみようといった小さなことでも、部屋の印象や気分が変わり、楽しめます。
今後も僕は、引越や、プチリフォームとの付き合いが続きそうです。
そしていつか、終の棲家となる場所を決めたなら、自分が生きてきた中で、何が大切で何を捨てるかということを吟味して自分の居場所を作り上げたいと思います。

僕は、建物は箱だと考えています。その箱を選ぶのは人で、住む人によって箱は全然違う箱になる。そして、その箱には人格があり、そこに住む人はテナントにすぎない。箱とテナントの関わり方によって、その関係性は変化していき、両者が上手く共存できた時、そこに素敵な暮らしが生まれるのだと思います。
「家は人格を持った箱。人は誇り高きテナント」というのが、僕と家との関係です。

 
人と家との関係について熱い思いを語る。

   
韓国のアーティストの作品、備前焼、流木などジャンルの違うものを組み合わせて作ったミニアートコーナー。   ベトナムで買った仏陀。   自作のドライフラワー。

古民家の写真:撮影 大川直人

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