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華道家の假屋崎省吾さんは、ご両親の影響もあり、子どもの頃から「生活を楽しみ、美しく生きる」をモットーとされてきました。そんな假屋崎さんが、現在、新居を計画中です。俳優の美輪明宏氏が「美をつむぎだす手を持つ人」と評された美のクリエーターに、新しい住まいへの夢や暮らしへのこだわりなどを語っていただきました。
 
「生活を楽しみ、美しく生きることがモットー」と語る假屋崎さん。
[プロフィール]
華道家。假屋崎省吾花教室主宰。美輪明宏氏より「美をつむぎ出す手を持つ人」と評され、繊細かつ大胆な作風と独特の色彩感覚には定評がある。著書に『花筺』(メディアファクトリー)、『假屋崎省吾の華麗なるおもてなし』(ソニー・マガジンズ)、『假屋崎省吾の百花繚乱』(講談社)、他多数。現在『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)、東山紀之氏 司会の『@サプリッ!』(NTV)にレギュラー出演中。テレビ・雑誌・新聞などでも幅広い分野で活躍中。2005年5月、東京都港区の赤坂見附駅ビル・ベルビー赤坂8階に新教室オープン。



 

――日々の暮らしの中で、こだわりのようなものはお持ちですか。

「生活を楽しみ、美しく生きること」です。
私は、子どもの頃から、多趣味の両親に多くのことを学び、吸収してきました。父は公務員、母は専業主婦という普通の家庭でしたが、生活を楽しむためにはお金を惜しむことはありませんでした。
例えば、バイオリンのレッスンを自宅で受けたり、ピアノを習ったりしていました。好きな音楽があれば、すぐにレコードも買ってもらえたし、コンサートやお芝居を観に行くことも多く、家族旅行もいろいろな所によく行きました。
その時々に最善を尽くして「生活を楽しむ」という考え方が自然と身についたのだと思います。

――生活の中で特に楽しかったことは?

両親の共通の趣味である園芸ですね。今で言うガーデニングです。
園芸好きの両親は、絶えず庭に花を育てていました。私も小さい頃から庭いじりの手伝いをしていたので、自然と園芸に興味を持つようになり、気づいたら生活の中に必ず花があるという感じになっていました。

 
一時はピアニストを目指そうと思ったほど、弾くのも聴くのも大好きというピアノ。(*)

 

――花のある生活では、假屋崎家ならではの特別な楽しみ方はあったのですか。

私が生まれ育ったのは、東京・練馬区の石神井という所なのですが、当時は、畑が多く、のどかな風景が広がっていました。
家は都営住宅で、二軒続きの棟割長屋。四畳半と六畳の2DKで決して広い家ではありませんでしたが、家と同じくらいの広さの庭がありました。つつじ、紫陽花、薔薇、牡丹、グミといろいろな草木が植えられ、玄関脇には梅と沈丁花、そして花壇には四季折々の花が一面に咲いていました。その花を部屋に飾るという楽しみ方はとても自然で日常的なことだったのです。

――特に印象に残っている思い出深いことはありますか。

父は、手先が器用でしたから、大工仕事がとても上手でした。石神井の家では、父が柵をつくり、そこに私が朝顔を育てて、隣の家との壁にしていました。ありきたりの柵ではなく、実用的な中にも美しいものを取り入れて、お互いの家が見えないようにと工夫をしていました。とにかく、そういった労を惜しまない人だったので、「生活を楽しむ」ということを、身をもって教えてくれました。

 
一輪の花の存在で変わる住空間――それが、假屋崎流の美学の原点。

住まいも花教室も、假屋崎さんこだわりの “デコラティブ” に統一されている。

 

――建築にも興味があるとお聞きしています。どんなところに興味をお持ちですか。

建築ほど好きなものはないと言ってもいいくらい大好きです。
子どもの頃から、大学で建築を学んだ父に連れられて、神社・仏閣等を見てまわっていました。歴史的な建築物以外に、家を見ることも好きです。家にお邪魔すると間取りはもちろん、その方らしい住まいの工夫にも興味があり、失礼を省みず、つい隅々まで見てまわることになります。家を見学させていただいて、その中から気に入ったものを見つけては、自分の家にも取り入れたりすることはとても楽しいことです。
中でも、大邸宅の建ち並ぶお屋敷街を歩くのは今でも大好きです。子どもの頃から、散歩がてら、よくお屋敷街を見てまわっては、「ああ、こんな素敵な家に住みたい」なんて考えていたんです。自分の家が借家で小さい家だったことの反動もあると思いますが、大きなお屋敷に憧れていました。
こうしたお屋敷見学の趣味は大人になってからも続いていて、田園調布、成城、白金、松濤、池田山等の大邸宅を眺めながら、よく散歩をしました。コースに近くの公園も入れて季節のお花なども眺められると、一挙両得といった気分で楽しみも倍増します。

 

 
大好きなインテリアに囲まれると心が潤い、仕草もよりエレガントになるとか。

――インテリアなどにもこだわられていますよね。

私は、建築、インテリア、環境といった空間全体を見ることが好きで、素敵な空間に出会うと創作意欲もわいてきます。特にデコラティブなものが好きで、世に言う「シンプル イズ ベスト」とは正反対の装飾的なものに惹かれます。デコラティブな物に囲まれていると、安心で、とても居心地がいいのです。
人によっては、「こんな無駄なもの」と思われるかもしれませんが、デコラティブなものこそ美しさ、エレガントさにつながる価値あるものと考えています。他の人には無駄なものでも、私には生活していくために欠かせない大切なものです。私にとっては、まるでイタリアの映画監督、ビスコンティの映画にあるような美しい空間、まるでそこにいるような気持ちにさせてくれる素敵な住空間が憧れなのです。そこで、素敵な音楽を聴いたり、お茶を飲んだり……。そんな空間をつくるのには、デコラティブなインテリアとお花は欠かせないものなのです。

 
多くの色の薔薇を生けると豪華さが増し、部屋はより華やかに。(*)

 

――何回か引っ越しをされていますが、今までに住まれた家の思い出はありますか。

石神井の家の後、埼玉県の所沢に建売の一戸建てを購入して引っ越しました。
三角形の小さな土地でしたが、今度は自分で庭をつくりました。鉢植えを育てたり、砂利を買ってきて敷き詰めたりと工夫した手作りの庭です。
そこには、10年くらい住みましたが、庭の端に植えておいた木蓮の木が大きくなっていたり、株分けをして増やしていった日本桜草の鉢植えが並んでいたり、とても華やかな庭になりました。

 
“見て楽しい、食べておいしい” キッチンの野菜も調理前は空間を彩るオブジェに。(*)

 

――その後、池ノ上にご自宅を構えられていますよね。

華道家として本格的に活動を始め、東京・渋谷の神泉に事務所を構えることになりました。
お陰さまで仕事が忙しくなり、タクシーで所沢に帰宅する日が続きました。事務所は家賃30万円ほどで、帰宅のタクシー代が月に約30万円。それだけ出費をするのなら、家を建てた方が経済的だと思い、自宅を引き払って同じ渋谷の池ノ上に事務所を兼ねた自宅を建てることになりました。
華道家となった私を支え、二人三脚で歩んできてくれた母との時間がほとんど取れなくなっていたことも池ノ上に家を建てようと思った大きな理由でした。しかし、これで親子の時間も取れるようになると思い、親孝行ができると思っていた矢先、引っ越し前日に母は他界してしまいました。
その家には、7年くらい住みました。当時は、コンクリートの打ちっぱなしとガラスで直線的なイメージを持った家にしました。所沢の家が建売住宅だったこともあり、とても斬新な感じがしたことを覚えています。
住んでいるうちに、何となく変化が欲しくなり、壁を白く塗り、モールディングを付けてパリのアパルトマンのような感じにリフォームしてみたりもしました。

 
見るだけでも楽しい假屋崎さんご自慢の花器コレクション。(*)

――その後、表参道に引っ越しされたのですよね。

池ノ上の自宅は、事務所、花教室も兼ねていたため、生徒さんの数が増えてきて手狭になってきたので、表参道に引越すことになりました。
中古物件でしたので、引っ越してから2年後にらせん階段や中庭などをつくるためのリフォームをしました。私は、いつでも今が最高ではなく、常に「もっと、もっと」と理想を追い求めるタイプなのです。
そんなある日、隣の家が売りに出ていることを知ると、より理想の家を追い求めたいという気持ちが膨らみ、購入することにしました。そこに、新たな家を建てようと、現在計画中のため、今は、マンションに仮住まい中です。(2005年5月末現在)

 
リフォーム時につくられたらせん階段と黄色の花で彩られた空間。(*)

 

――新居建設の詳細は決まっておられるのですか。

これから、今までの家を取り壊し、新居を構えるわけですが、更地にするところから始めますので、新居に住めるのは2年半後の予定です。設計1年、建設1年、その後、引っ越しやら何やらで、2年半かかりますね。
新居を建てると決めてからは、週1回のペースで建築家の方たちと打合せをして、ビジョンや間取りなどについて検討してきました。今は、間取りやインテリアの素材などの構想が何となくできているという状態です。詳細にまで自分らしいテイストにこだわっていますから、打合せの内容も細部まで妥協はしません。

現在、仮住まい中のマンションのリビングは、デコラティブなものに囲まれた心地良い空間に。(*)


 

   

――具体的にお決まりのことはありますか。

地上3階地下2階建てで、ヨーロッパ調の家をつくりたいと思っています。外観はもちろん、床材、壁、天井のモールディング等、すべてにパリの雰囲気を出したいと思っています。
ただ、ヨーロッパ調の家とは言っても、一部屋だけは、和室をつくります。これは、仏間にするためなのですが、方位や水まわり、鬼門等いろいろと勉強することがあり、多くの人にアドバイスをいただきながら検討を重ねています。
1つの部屋を決めるのも家をつくるということは、大変なことです。でも、自分の目指す理想の家に少しでも近づけたいので、労は決して惜しまないつもりです。それに大変でもあるけれど、とても楽しいことでもありますから。
日当りのいい3階は、愛猫のためのスペースにします。それ以外のことは、まだまだこれからです。お教室兼事務所兼住まいという生活を長年してきましたが、今回は単に住居としての家にするつもりです。夜中に事務所で仕事を始めたり……、ということが続くと、便利な反面、気が休まらないですから。今までは、働き盛りの年齢ということもあり、それでよかったのですが、これから先の人生を考えると、職場と自宅は分けた方がいいだろうと考えるようになりました。

 
気に入った額を見つけては、ガラス工房に発注してつくるこだわりの鏡。

――ご自身の中で理想の家とは?

私は、ヨーロッパが大好きなので、家は遠目から見ても「ここはちょっと違う家だわ」と思われるような個性的な家を建てたいと考えています。
自分がその空間にいて、気持ちよく感じられる場所、そして見た目にも個性のあるオリジナルの家。「世界にたった1つしかない家」をつくります。

 
假屋崎さん手作りの花器。

 

――最後に、ご自身にとって家とはなんでしょう。

家は「生きていくための基本」。生きるために一番大切なものだと思います。
住まいは、自分が持つ理想を具現化しながら、着実に理想に近づけながら生きていくための基本ですから、どんな場所、どんなスタイルかは、個人の好みですが、昔から「衣」「食」「住」と言われるとおり、まさしく生活の最も基本となるものです。
そして、生活の基本となる家は、美しく生きるための理想的な空間であって欲しいと思います。つまり、癒されながら、なおかつ元気100倍になる空間。仕事をしていると、あちらこちらでエネルギーを放出していますから、新たなエネルギーを蓄積・充電する場です。

 
『假屋崎省吾の百花繚乱』(講談社)の中には、暮らしを彩る花の生け方が数多く提案されています。


 

(*)印の写真は、写真協力:講談社

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