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sumu2 Guest Room [15] 幸せ料理研究家 こうちゃん 家は幸せな日々への元気の充電ポイント

将来自分の店を持ちたいと、会社を退職し、その準備として何かできないかとレシピブログをはじめたところ、大反響。一躍、人気ブログの上位ランキングの仲間入りに。ブログをきっかけに出版したレシピ本も好評で、今や「幸せ料理研究家」として料理イベントやテレビ番組、CM出演など、多方面から引っ張りだこで人気の“こうちゃん”こと相田幸二さん。「生活にこだわり、毎日を楽しみたい」と語る、こうちゃんの引越ししたばかりの新居を訪ねました。ナチュラル系のインテリアが好きと言う、こだわりのライフスタイルをご紹介します。
[プロフィール]
幸せ料理研究家。16歳からホテルの和食部門で板前修業をし、その後一般企業のサラリーマンを経て自分の店を持つという夢を叶えるべく退社。2005年5月よりブログ『こうちゃんの簡単料理レシピ』をスタートし、ヤフーブログ内のランキング上位に。2006年4月にレシピ本『こうちゃんの簡単料理レシピ』を発売、ブログや出版物では珍しいCMの人気から、レシピ本としては異例の50万部を突破。その後、シリーズ化されたレシピ本はシリーズで100万部を超えるベストセラーに。ブログ、出版をはじめ、幸せ料理研究家として雑誌、イベントなど、多方面に活躍の幅を広げている。主な著書に『こうちゃんの簡単料理レシピ1』(宝島社)他。

家も庭も、身の回りにあるもの すべてが遊び場だった幼少時代

――子どもの頃、育った家の記憶はありますか?

僕が中学を卒業するまで過ごしたのは山形県の米沢市です。家の周りには田園風景が広がっているのんびりした所でした。
祖父が農家だったので敷地も広く、400坪くらいあったと思います。大きな平屋の一戸建てのかなり古い家でした。茅葺屋根でしたが、もう職人さんがいないということでその上にトタンを張っていたのを覚えています。部屋数は覚えていませんが、とにかく天井も高く、だだっ広いというイメージの古い家でした。
座敷の引き戸を開けると廊下のような広い縁側があり、初夏には、アジサイやホタルを楽しみ、花火大会の時は、皆で縁側に座って花火を観ていました。今になって思えばとても贅沢な空間だったと思います。

――当時はその贅沢さが分からなかった?

子どもの頃は、「なぜ僕の家はこんな無駄に広いんだろう?」という思いが常にあり、コンパクトで階段のある2階建ての家に住みたいと考えていました。
家は広く、部屋の数も多かったのですが、広すぎて使っていないというか、常に決まった同じ部屋で生活している状態でした。古い家だし、田舎なので、風が吹いただけでもカタカタという音がして、もう、怖くて一人で家の中を動けない。部屋に一人でいるなんて絶対に無理! 広い部屋をコンパクトに使うために仕切りをしたりして、どんどん行動範囲を狭めていた感じです。

――思い出深い場所はありますか?

家の庭や裏庭は、子どもが遊び回るのに十分すぎる広さでしたから、4歳上の兄と駆け回ったりして暗くなるまで遊んでいました。特に思い出の場所と言えば、母屋の横に倉庫代わりの小さな小屋があり、藁だとか、普段使わないような物が置いてあったと思うのですが、そこですね。
その小屋には、今で言うロフトのような屋根裏部屋がありました。そこは6畳くらいの本当に狭く、天井も低い場所でしたが、普段生活している家が平屋だったので、子ども心に2階とか、階段を昇るということへの憧れが強かったのです。「大きくなったらここに自分だけの部屋を作ろう」、「周りから見えないような囲いも必要」…などと、未来の自分の秘密基地のレイアウトを想像していました。

その愛らしい姿が日々の疲れを癒してくれると言う、愛犬の八郎君とPALちゃん。


料理との出会いは 必要に迫られた夕食の準備

――料理に興味を持ったキッカケは?

幼少期に両親が離婚をしたので父と兄と僕という男3人の生活が、父の再婚相手の義母が来る小学生の頃まで続きました。父は仕事があるので、帰ってくるのは夜。おやつや夕食など、お腹がすいたら自分達で何か作るしかないという状況があり、必然的に僕も料理をするようになったのです。
最初は兄が作ってくれたものを食べていたのが、一緒に作るようになって…。子どもですから、自分達の好みに合わせようと、砂糖を大量に入れた甘い卵焼きを作ってみたり、お菓子が食べたいと思うと、小麦粉を水で溶いて砂糖を混ぜ、油で揚げてドーナツもどきを作ってみたり…。

――思い出に残っているレシピは?

チャーハンです。具無しで、しょうゆ味のみという超シンプルチャーハンです。フライパンも今のようにテフロンなんてありませんでしたから、油や加熱の加減を間違えるとお米がフライパンに焦げ付いてしまうのです。
でも、実はその焦げた部分がおいしくて、兄と二人で焦げた部分をスプーンですくって食べるのが好きでした。今考えると、おこげですよね。

子どもの頃、必要に迫られてお兄さんと一緒に作り始めた料理。とびっきり甘い卵焼きの思い出を語る、こうちゃん。


兄のカッコイイ姿を見て 料理人の世界へ

――板前の世界に入るキッカケは?

兄が仙台(宮城県)のすし屋さんで板前の修業を始め、たまに遊びに行っていたのです。田舎の子どもにしてみたら仙台の繁華街は未知の世界というか、とても華やかでした。
そこを割烹着にねじり鉢巻というスタイルに下駄履きで歩く兄の姿を見て「カッコイイ」と思い、料理は子どもの頃からしているので自分もこの世界に入ろうと迷わずに決めました。兄が住んでいた寮がとても狭い部屋で、それにもちょっと憧れたというか、料理の世界に入ったキッカケは、「カッコイイ」でした。

外でインスピレーションを感じたことは常に携帯にメモするという。こうちゃんの日課の一つ。

――板前修業はどうでしたか?

秋保温泉(宮城県)で住み込みの板前修業をしました。修業は、想像通り厳しく、朝から晩まで仕事という毎日。自分が考えている以上に厳しいものでした。
就職したらお給料ももらえるし、学生よりも自由だと思っていたのですが、「自由」になる時間などありませんでした。働けば、ガムでも飴でもお菓子でも、子どもの頃に欲しかったものが自由に買えるのだと思っていた自分の考えの甘さに気づくのに、時間はかかりませんでした。そんなことをしている時間なんて全くない。これなら学生のほうが自由で楽だな〜〜って。


仙台でのサラリーマン生活は 引越しばかり

――仙台にはずっと住まわれているのですか?

その後、20歳になるまでの4年間板前修業を積み、サラリーマンに転職してからもずっと仙台市内で引越しをしました。サラリーマン時代は、営業職で転勤が多く、担当の事業所の近くに住むのが効率的と、転勤の度に引越しをしていたので、かなり引越しはしたと思います。 10年くらい同じ会社に勤めましたが、部屋は最長でも2年、それ以下の短い期間で引越しをした回数はとても多かったです。

新居のリビングに彩を添える、バーブをディスプレイして見せる収納スポット。

――やはり狭い部屋が好みでしたか?

最初は、子どもの頃に思い描いたコンパクトな部屋への思いも強くありました。玄関を入るとすぐ部屋といったワンルームのアパートに住んだこともありましたが、自分の収入に合わせてもう少し広いところ、もう少し……と、徐々にグレードアップをしていきました。 限られた範囲ではありますが、収入に応じて自分の生活も少しずつレベルアップさせたいという思いが出てきたのです。

――サラリーマン時代は料理とは無縁の生活だったのですか?

同僚を招いて自宅で飲み会をする機会が多く、ガスコンロ1つしかないようなキッチンでつまみを作ったりしていました。元板前という肩書きに、皆は料理を期待するわけで、僕自身も皆がおいしいと言ってくれるものを作らなければという思いはありましたから、日頃から自炊をしていろいろな料理を作っていました。
そんな生活を送る中、おいしいと言われるような料理を多くの人に食べてもらいたいという思いがこみ上げてきたのです。自分の店を出したいという思いが強くなり、サラリーマンを辞めたのです。


ブログの「簡単レシピ」の元は 皆に食べてもらいたいという気持ちから

――すぐにブログを始められたのですか?

漠然と店を出すといっても、プロの料理人としては10年以上ブランクのある自分に、できることは何かと考えていた時にブログの存在を知りました。そして、毎日料理の写真を載せるブログをスタートしました。
その後、家庭料理で作り方も簡単なものを掲載すると、「作り方を教えて欲しい」といったメールが多くなりました。その人たち一人ひとりに返事を出す日々が続き、ブログにレシピや分量を載せることに。 それまで目分量で作っていたので、レシピもかなり大雑把。軽量スプーンの大さじ・小さじを使うようになり、分量を分かりやすくするなど、ブログの内容も進化させていったのです。

■ブログ『こうちゃんの簡単レシピ』 >>
累計アクセス数1000万を超える人気のレシピブログ。夕方には、献立に悩む人たちからのアクセスが急増するという人気ぶり。

――多くの人にレシピが支持される理由は何だと思いますか?

これまで僕が作ってきたレシピは、板前時代のまかない料理がベースになっています。まかないは、限られた材料、限られた時間の中でいかに手早くおいしいものを作れるかということが基本で、見栄えにも工夫が求められます。
そういった部分が、忙しい主婦の方がいろいろな家事をしながらあるもので料理をして、おいしそうに盛り付ける…、というシチュエーションに合っているのかなと思います。

――サラリーマンを辞めて、料理に集中し出して変わったことは?

キッチン周りにこだわるようになりました。よいものを作るにはどうしたらいいか、と考え、調味料入れや器、ランチョンマットなどにもこだわるようになりました。やはり料理をするにも環境づくりが大切で、環境を整えると食卓が楽しくなり、料理が作りたくなるものです。
日常の中に常に変化を取り入れることはとても難しいことだと思います。ですから、キッチンも小物で非日常の部分を作り、そこから新しいものを作るヒントを得ていくようにしないと、楽しみながら料理をすることができなくなり、マンネリ化してしまいます。
高価な機材が必要ということではなく、自分がキッチンにいることを楽しめる環境づくりが大切ですね。

ブログを更新する、こうちゃん。ブログのコメントにはすべて返事を書いているのも人気の理由の一つに。


普段使いとそうでないものの配置を考えた 見せる収納で手際のいい調理を

――現在のお宅でこだわった所は?

今年の夏に引越しをしたばかりなのですが、やはりキッチンですね。以前の部屋はオープンキッチンでしたが、調理をする場所、つまり僕の仕事場とくつろぐリビングを分けたかったということもあり、今回はあえて独立型のキッチンにしました。
また、フローリングの色が濃いので、家具を北欧調のものにする、リビングの一角に畳スペースを作りそこで和食を食べるのもいいかな、などと現在もいろいろ考えています。狭い空間を贅沢に使うというのもおしゃれですよね。

濃いフローリングの色に合わせて、原色の家具などを購入することを検討中とか。

――キッチンでこだわられたポイントを具体的に教えてください。

自分の理想の配置にこだわりました。キッチンは、調味料や乾物、食器、鍋などの物が溢れる場所です。その中でも、頻繁に使う物、めったに使わない物、出しておくと便利だったり見栄えがよかったりする物を自分なりに区分し、使いやすく、見栄えがよく整理することが必要だと思います。
例えば、調味料も小分けにして見せる調味料入れに詰め替えておくとか。掃除のしやすさとか。食材を扱う場所ですし、清潔にしておくことも必要ですよね。どういう気分で料理を作るかででき上がりも違ってきますから、自分なりに楽しい気分で作れる環境づくりのため、レイアウト、小物、調味料、器などを工夫しています。
僕は、調理中に余裕がある時は、ボサノバをかけていることもありますし、休日はブランチを作りながらハワイアンを聴いたりしながら食事を作ります。おいしい料理を作る基本は、「楽しく」です。

見せる収納で使い勝手がいいように常に整理整頓されたキッチン。


食卓の充実は、家時間の充実 心地よい場所をつくり、家で遊ぼう

――キッチン以外で居心地のよい場所は?

テーブル席に座っているのが一番好きです。そこでビールを飲みながらゆっくりとしている時間が最高ですね。
一歩外に出ると多くのストレスが溢れていますから、家では安らぎたいですよね。家でリラックスして元気を充電できると明日も頑張ろうと思える。僕は、仕事が終わったら早く家に帰ってくつろごうと思うのです。
“家時間”を楽しむための設定をすることも大切ですよね。そのためには、食卓の充実が大切だと思います。家においしい物があって、くつろげる場所があれば早く家に帰りたいと思いますよね。「家に帰りたくない」なんて思うのは悲しいじゃないですか。

「食卓の充実の大切さ」を指摘し、「家は幸せな毎日を過ごすために、欠かすことのできない場所」と語る、こうちゃん。


家は幸せな毎日を過ごすために 不可欠な元気の充電ポイント

――こうちゃんにとって家とは?

幸せな毎日を過ごすために不可欠な元気の充電ポイントだと思います。 幸せな毎日を過ごすためには、居心地のよいわが家は欠かすことができません。僕は、生活がダメだと仕事もダメ。すべての基本が家にあります。家には、帰ってくつろげれば、翌日も元気になれる。そんな安息の地です。

――今後、どんな暮らしをしてみたいですか?

いい環境の中でいい料理を作りたいです。自分の好きな空間で好きな時間を過ごすそんな生き方ができたらいいなと思います。その人の生活がおしゃれであれば、その人もおしゃれになっていくもの、日頃から自分のライススタイルをしっかりと持ち、肩の力を抜いて生きていきたいです。
いつかお店を出したいという想いは変わりません。しかし、今はその時期ではないと思っています。今やれることをしっかりとやっていきながら、あせらずに準備をしていきたいと思います。

「Kouちゃん幸せレシピ 旨いっ」の闊達な文字が躍る、こうちゃんのサイン。

わかりやすさと実用面からも人気のレシピ本『こうちゃんの簡単料理教室』(宝島社)



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