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2008年11月10日更新

sumu2 Guest Room [18] ファッションデザイナー ドン小西さん 原動力の源は、自分を本当に素直にする場所

ファッションデザイナーという枠に留まらず、テレビ出演、大学教授、執筆など、多方面で活躍されるドン小西さん。ファッションは自分を表現するための一つのツールだと言います。多彩な色使いと組合せで独自の路線をつくり上げるファッションセンスは、祖父の代から続く実家の呉服屋と、叔父が営んでいた洋品店で日本の粋と西洋のハイカラの両方に触れて育った影響が大きいと言います。今回は自ら手がけられた自宅兼事務所のリノベーションのデザインへのこだわりなどについて語っていただきました。

[プロフィール]

デザイナー。1950年三重県津市生まれ。1981年フィッチェ・ウォーモ設立後、東京プレタポルテコレクション、東京デザイナーズコレクションなどに参加、1991年毎日ファッション大賞受賞、1998年FEC(ファッションエディターズクラブ)デザイナー賞受賞。1997〜1998年、ニューヨークコレクションに参加し、7th on6の日本人初のメンバーとなるなど、国際的にも評価が高く、「FICCE」「YOSHIYUKI KONISHI」などのブランドを手がける。最近はCOOL ASIA ’06 クールビズコレクション参加、2007年に名古屋学芸大学大学院教授就任の他、テレビ・雑誌等でマルチデザイナーとして幅広く活躍中。現在、メンズスーツブランド「d.k.f」を展開中。

広い敷地に建てられた大きな家でのにぎやかな暮らし

――子ども時代どのような家で暮らされていましたか?

僕は三重県で生まれ、中学を卒業する15歳まで暮らしました。この年齢になって思うと、三重県は海も山もあり、世界遺産もあるというとてもよい環境ですよね。
実家は呉服屋を営んでいました。祖父は小さな呉服屋を足がかりに一代で事業を拡大し、料亭や、旅館、結婚式場といった事業まで幅広くやっていました。そこのお嬢様が僕の母親、父親は婿でした。
家にはお手伝いさんや番頭さん、丁稚さんなどが多くいて、とても人の出入りの多いにぎやかな家でした。今思えば、裕福な暮らしでしたが、子どもの頃はそれが普通で特に意識もしていませんでした。

――ご実家は大きな家だったのでしょうね。

相当広かった。近所でも目立つ家だったと思います。
思い返すと、一般家庭にないものがたくさんありました。例えば、家の中に渡り廊下があり、その下には池があって鯉が泳いでいるとか、お手伝いさんの部屋や餅をつくための土間、従業員用の炊事場や食堂といった場所もありました。客間やそこに続く長い廊下、中庭にある池などを思い返すと、時代劇に出てくるお屋敷みたいな感じですね。

生まれ育った環境がその人の本質を作ると語るドン小西さん。

――ご自身のお部屋も広かったのですか?

いや、自分の部屋はたいして広くなかったと思います。昔の家ですから、全体の敷地は広くても各部屋は6畳とか8畳で、そういった部屋が襖をあけるといくつもつながって1間になるという感じですから、僕の部屋も6畳くらいでした。
自分の部屋は寝る場所ですから、それくらいの広さで十分。普段はそれ以外の部屋でかくれんぼをしたり、鬼ごっこをしたり走り回って遊んでいました。


「和」と「洋」それぞれの本物に囲まれた子ども時代に感性が育まれた

――ご実家での生活で印象的だったことは?

大きな呉服屋という環境でしたから、呉服はもちろん、畳、家具、お膳、装飾品のどれをとっても和の本物に囲まれていました。無意識のうちに質のいいもの、伝統的な美しいものに囲まれて育っていたのです。毎日の食事は漆塗りのお膳で運ばれてきていたし、食器も箸も漆塗りで、日常的にそういったものに触れて生活していたのです。
例えば、男の子ですから家の中で遊んでいて障子や襖に穴を開けたり破いたりということをしますよね。そういった時に手に触れる障子や襖の和紙の感触とかは自分で覚えているものですが、その感触がすべて本物に触れたものですからそれは貴重なことですよ。
日常眼にするもの、触れるものすべてが本物であったことが僕の感性を育ててくれたと思います。

オフィススペースのデスクの真正面につくられた、ドン小西さんの“男のロマン”が詰まっている本棚。


――子どもの頃に見て触れたものの影響は大きかったと…。

そうです。そこが基準になります。
実家は呉服屋で徹底的に「和」だったのですが、近所に住む伯父が洋品店を営んでいたことも僕には大きかった。とてもハイカラな人で、当時にしては珍しい舶来品、フランスやイタリア製のジョーゼット素材の服や、靴、車等、海外の物を手に入れては見せてくれました。ヴォーグなどのファッション雑誌も身近にありました。
一方で日本の伝統的な素材や文化に触れ、もう一方で舶来品やファッション誌に触れるという今から50年前にしてはかなり恵まれた環境に育っていました。僕がファッション業界に進んだのは「なるべくしてなった」必然とも言えますね。
子どものころから本物に囲まれた生活をしてきたことで、「本物を見立てる目」が自然と養われたことは間違いないでしょう。


子どもの頃の環境が活かされているドン小西のデザイン

――ドン小西さんのデザインにも子どもの頃の環境が関係あると…。

僕のデザインはとても派手な色使いや刺繍が特徴的ですが、派手な色を多く組み合わせていても、下品にはしない。これは、帯の刺繍や着物を身近に見て育ったことから、どういった色の組み合わが派手で美しいものかを知っているからです。学ぼうと思うのではなく、自然と本物が分かるという面ではやはり生活環境が大きかったと思います。
僕の言う本物とは、高価ということではありません。伝統というのは、修正を繰り返して行き着いたものを継承している。そこに行き着くまでには長い月日と多くの人の試行錯誤、努力があり、そこに完成形があるわけです。僕は厚かましくも生まれた時からそういったものの中で育ってきました。僕の感性は深いところで伝統を踏まえていますから、デザインは派手でも決して下品にはならない自信があります。

本物を見立てる目が大切だと語るドン小西さん。

――微妙なバランスが本物とそうでないものを分ける?

単に2色の色を掛け合わせるにも、何通りにも使い方がある。例えば「茶」という色1色でもいろいろなパターンの茶があるわけでしょ。細かい部分をちょっと間違えるだけで安っぽいものになってしまったり、上品なものになったり、ほんの少しのことで印象を変えてしまうのです。
ですから、自然豊かな三重の地で暮らしていたことも色彩感覚を養うにはよかったのだと思います。色彩のヒントはすべて自然の中にあるのですから。

寝室にある家具類はすべて15年以上前のものだが、古さを感じさせないのは本物の証とか。


“引越しはその時の優先順位を考えながら一歩ずつステップアップ

――上京された時はどのような家に住まれたのですか?

高校入学を期に上京したので、まずは寮生活です。狭い部屋に最初は驚きましたが、若かったのですぐに慣れてしまいました。それよりもいろいろなことを吸収したいとか、好奇心の方に気持ちが向いていましたから、部屋が狭いことを不満に思っている暇はなかった。
高校、大学、その後20代半ばくらいまで狭い部屋に住んでいましたよ。その後、結婚してからも8回くらい引越しをしていますね。

――引越しをされる時の新居選びのポイントは?

子どもが生まれたからもう一部屋欲しいとか、もう少し静かな方がいいとか、生活状況に合わせて部屋を変えていきました。常に、場所と広さ、自分の行動範囲との調整を考えて、時代の中でチョイスしていたように思います。
都会で暮らす場合、満足な大邸宅で暮らせるということは少ないでしょう。僕の場合、生きている間に何かをしたい、後世に何かを伝えたい、時代に何かを発信したいといったことを考え、仕事中心の生活になっていきますから「住まい」というのは仕事の次に考えるもので犠牲になる部分があります。そんな中でも今の自分の優先順位を考えてその状態で自分が住める家を探すという状況ですね。

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――引越しをするたびに少しずつ部屋が広くなるとか?

そうですね。皆さんと一緒ですよ。これだけの収入があるから家賃はこれだけ払える、そうすると自分の希望条件を満たすのはどこだという探し方です。
その条件が、少しずつステップアップできるように頑張るということですね。


自宅に事務所を構えるためにリノベーション。デザインは自ら手がけた

――現在のご自宅をリノベーションされたそうですが。

このマンションは1989年、バブルの真只中に自宅として購入したものですが、4年前にブランドを売却したことなどもあり、事業形態を変えました。1つの時代を創り上げた後には必ず終わりがくるものです。
そこで今後のスタンスの取り方を考えた時にここを事務所にするのがいいのではないかとリノベーションを考えたのです。子どもも独立しましたし、会社を持って大人数の社員を抱えるというのではなく、必要な部分は提携や業務委託といった関係を持てるパートナーと自分のスタンスで仕事をする方が時間的にも自由がきくのかなと思うと、自宅と事務所が同じスペースにある方が僕の今後のスタイルに合っていると思います。

ガラス、テーブル、椅子、棚、すべて1930年代のモダンテイストで統一されたこだわりのワークスペース。

――リノベーションでの特にこだわりのポイントは?

素材選びから、その使い方まですべてにこだわりました。最初は専門の会社に任せるつもりでしたが、打合せを重ねるうちにやはり自分でやらないと満足するものに近づかないと考えるようになり、結局、すべて自分でデザインしました。
特に高い材料を使うということではなく、自分らしいデザイン空間を創ること、トータルクオリティーを高くすることにこだわりました。創作の場でもある仕事場はトータルコーディネートをした場所にしたいと思いました。プライベートルームも同じで、全体のデザインをどうするのか、そこで自分がどんな状態でいたいのかを考えた空間デザイン、バランスを重視したデザインを考えました。


〜モザイク壁のタイル〜

モザイク壁に使用したタイルは装着法にこだわりました。装着時に白い目地が出てしまうとどんなキレイなタイルを使用しても浴室のタイルのように見えてしまいます。そこで、透明の接着剤を使用してタイルの色調を損なわないようにしました。
どのようにすればタイルが一番キレイに見えるのか、ボードを作っていろいろと試してみた結果、ツルツルしたタイルの表面に接着剤を塗って一つ一つ手で貼り付けるという作業を行ない、ギザギザした裏側を表面に使っています。貼り付けるときもしっかり立ち会いました。

〜男の本棚〜

男の欲求の行き着くところは、自分の本棚を持つことだと思います。そこで自分なりに納得できる本棚を創ろうと決意。
本棚の奥は壁から17cm距離を取り、ゴールドのツタ柄を使い、間接照明でくっきり浮かび上がるようにデザインしました。高さや明るさ、周囲のイメージなどを考えたお気に入りの本棚で見せる収納が完成しました。

〜6色のフローリングと廊下の壁面〜

床材は、建物に使われている御影石のイメージにつながるよう、暗めの色をチョイス。6色に色を染め分けてイレギュラーに並べることで特徴的な色を出しました。暗すぎず明るすぎず、絶妙の味を出しています。
玄関は21cm幅の白黒のストライプ。黒の部分を光沢仕上げにして、白の部分は漆喰にして凹凸をつけ床の御影石の色とバランスを取りつつ遊び心を出しました。

床は6色に染め分けた凝りに凝った自慢のフローリング。

1枚ずつ手で貼り付けたモザイク壁が空間に質感を与えている。

見せる収納の本棚は、背面に間接照明が施されたこだわりの本棚。


〜アンティークライト〜

1950年代のアンティークライトがどうしても使いたかったのですが、長くてこの天井からではバランスが悪い、そこで天井に30cm穴を開けて高さを調節しました。穴の内側にも壁紙を貼っています。そして、このライトとバランスを合わせるためにイメージを変えた同じようなライトを作り、同じ部屋にもう一つ付けています。本物と偽物です。

〜フラットなスペース〜

事務所スペースになっている部屋は、実は2部屋でしたが、壁を取り払い1スペースにしました。作品などを置くスペースにしていますが、壁の代わりにカーテンで仕切れるようにしています。

2部屋を1スペースにして空間を広く、必要な時はカーテンで仕切りを。

天井に穴を開けてまでこの部屋に使いたかったというお気に入りのアンティークライト。


〜自慢のトイレ〜

ゴールドと白と濃茶で大好きな水玉柄にしたトイレの壁紙はお気に入りです。アメリカ製の便座やシンクを活かすためドットでポップな感じを出しつつ茶系の色調でクラシカル感を表現しました。60年代を意識したモダンクラシックです。ちなみにチェリーウッドのドアは色を塗り替えてイメージチェンジ。バブル期に竣工したマンションですから素材のいいものを使ったな、というのは随所に感じますね。トイレのドアやドアノブは年代を重ねるともっと価値が出るものです。

トイレはクラシックモダンをイメージ。

〜寝室〜

自宅エリアのプライベートルームは、気持ちが安らげるインテリアを配置。イタリア製のカーテンをはじめ、テーブル、チェア、棚、箪笥、洋服を収納するパイプハンガー等すべて15年以上前の物ですが、本物のよさというのか、まったく古びた感じがしないのです。時代が変わっても何の違和感もなく残っているというものこそが本物です。
また、ベッドに合わせた布団カバーは自身でデザインしたもので、ベッドに合うものがないから部屋の雰囲気に合わせて作成しました。

プライベートルームのベッドカバーは部屋のイメージに合わせて、ご自身でデザインしたもの。


家とは、日々自分を見つめ自分を本当に素直にする場所

――ご自身にとって家とはどんな存在ですか?

僕は家に帰ると葉巻に火をつけます。そこにシャンパンやウイスキーがある場合もありますが、独りになってその日の自分を振り返る時間を持つことにしているのです。
そこで今日は余計なことを言ってしまった、もっとああすればよかった等、その日のことを反省したり、時には自分を誉めるのです。
仕事柄、無理に笑顔を作ることもありますが、家では自分の気持ちに嘘をつくこともなく、客観的にも主観的にもなれる。気持ちをオープンにできる場所です。
以前、人はなぜ家に戻るのかな? と考えたことがありました。他の人の答えは分かりませんが、僕にとっては、精神的な整理をし、反省をする所。メンタルコントロールの場所なのではないかと思います。 僕にとって家とは、自分を見つめ、自分を本当に素直にする場所です。

家とは「自分を本当に素直にする場所」と語るドン小西さん。

――リノベーションを終えられ、ご自身の心地よい空間を手に入れられ、次はどのような展開をお考えですか?

今後は、クリエイターとしていろいろな分野にチャレンジしたいと思います。
ファッションデザイナーというと洋服に限定されてしまう。今自分が持っているものを時代のフィルターにかけて独特の世界観を多方面に発信していきたいと思っています。個性のある中で、独創的なものを創りだす、それにはヨーロッパ的な分業システムを構築していくことが大切だと思っています。
やはりすべて自分でやっている時間はないわけですから、徹底した分業システムの中で、今持っているコネクションを駆使して、360度偏らずに、時代の空気をしっかり読みながらクリエーションをしていくことで、新たなドン小西ワールドを創りたいと思います。

今後もさまざまな分野で活躍が期待されるドン小西さんのサイン。



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